きっかけは、些細なことだった。
鈍臭い上におてんばだった私が、何かにつまずいて転んだとか、きっとその程度のことだった。


大した怪我ではなかったけれど、そのとき私の膝に流れた血を見て、ハルは一気に青ざめてうずくまった。


自分の怪我の痛みなんかより、急に様子がおかしくなったハルの方が心配で、駆け寄ってみるとハルの体はずっと小刻みに震えていた。



『ハルくん……?』



そっとその肩に手を伸ばすと、大袈裟なくらいびくん、と大きく揺れて。



『お願い……行かないで……っ』




あの夜と同じ、悲痛な声。
この瞬間、やっと気づいたんだ。



ハルが抜け出せないくらい、暗い闇の中にいること。
ハルは全然平気じゃなかった。大丈夫なんかじゃなかった。



平気なフリをするのが上手だっただけだった。



肉親が肉親を傷つけるのを目の当たりにして、平気でいられるはずがなかった。
ましてや、そのあとハルのことを守ってくれる大人はひとりもいなかったんだ。


置いていかれて、見捨てられて、ずっと傷つけられてぼろぼろだった。




『俺も連れてってよ……』




ひかりをなくした瞳。
ハルがぽつりと呟いて。


その声が耳に届いて、私の喉がひゅっと鳴った。



幼いながらに思ったのだ。
このままだと、ハルが消えてしまう。
どこか遠くに行ってしまう。


それくらい危うくて儚かった。