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「────の、花乃、おーい花乃?」
「っ、あ、ごめん」
ぼんやりしていたせいで、麻美の呼びかけに全く気づかなかった。
慌てて顔を上げると、麻美は訝しげに眉を寄せる。
「ここ数日、ずっとそんな感じじゃん。あんた、大丈夫?」
「大丈夫だってば」
このやりとりも、もう何度目だろうか。
麻美の言う通り、ここ数日の私はずっと上の空だ。
反射的に『大丈夫だ』と答えたけれど、そろそろ大丈夫じゃないかもしれないな、と思う。
理由ははっきりしている。
寝不足だ。
寝れないの、あれから、ずっと。
『花乃が好きだよ』
ふとしたときに、ハルの台詞が頭の中をぐるぐるして。
……あれは、本当、なんだろうか。
未だに信じきれない自分が嫌だ。
ハルが本当と言うのなら、本当に決まっているのに。
それと、もう一つ。
『好きだよ』
ハルのその言葉を受け止めて、私の中で一番目に湧き上がってきた感情が “好き” でも “嬉しい” でもなく────“苦しい” だったこと。
好きな人に、好きだと言ってもらえたというのに、そのことが “苦しい” なんてどうかしている。
それが、どうしようもなく嫌だった。
そもそも、『もう一回、俺と付き合う?』と聞かれたあのときに、頷けばよかった話なのに。
それは、ずっと私の方が望んでいたことだ。
だから迷いなく頷けた、はずなのに。
どうしてか、あのあと逃げ帰るようにハルの前から立ち去ってしまった。
あれから何となく、ハルとは顔を合わせられていない。
ここ数日間、帰りも別々、ハルの家に上がることもしていない。
何かと理由をつけて私が断っているから、だ。
……本当は、そんなことしたくないのに。