「ハルっ!」


たっ、と床を勢いよく蹴って声の持ち主に駆け寄った。

ヘーゼルの瞳は私だけを捉えている。




「……仁科?」




ついさっきまでいた場所から佐和くんがぽつりと零した声が聞こえる。

ハルの視線が一瞬そちらに流れて、だけどすぐに戻った。




「ハル、どうしてここに?」



ここは私の教室。

ハルとは毎日一緒に帰っているけれど、待ち合わせはいつも昇降口だ。



だから、ハルがここに来ることはまずないのに。




「今日は何もないって言ってたのになかなか来ないからさ。迎えに来てみた」




ふふ、と口角をあげたハルにつられて、私の頬もゆるゆると緩む。

嬉しい、と素直にそう思った。




「ごめんね、遅くなって」

「ううん、大丈夫」



謝った私にハルは目尻に皺をつくって首を横に振る。


そして。



「じゃあ、帰ろっか」

「うんっ」



ハルの言葉に素直に頷いて、鞄を手に取って。
手にしたままだったプリントは鞄にしまった。



そのままふたりで並んで教室を出て、昇降口に向かう。



そうしている間に、佐和くんといたときの波立った心が凪いでいくのがわかる。



ハルといるとやっぱり落ち着くの。

佐和くんといると感情が忙しいのとは正反対だ。



────そういえば、佐和くん、なにか言いかけてなかったっけ。



……まあいいか、佐和くんなんて。



頭の中から佐和くんを追い出す。

ハルといる時間は貴重なのだ。
大切にしなきゃ。







────私とハルが去ったあと。



「……なんだよ。あいつには従順なんじゃん」



残された佐和くんの独白は、誰の耳にも届かないまま教室前の廊下のリノリウムに溶け込んだ。