私は、ラケットを両手で構えていた状態から、片手を離し、口元を押さえた。


「……菜摘?」


コート横から、お兄ちゃんの声が聞こえる。

げほげほとむせ始めた私に、綾羽も振り向いた。


そこから先はあっという間で。


「なつ!?!?」


綾羽が走り寄ってきて、私の右手からはラケットが滑り落ちる。


「おいっ!!」


お兄ちゃんが私を呼ぶのも、シュンくんが走り出すのも、恭弥たちが立ち上がるのも。


全部、分かったのに振り向けなくて。

全部、ゆっくりした動作に感じられて。


そのまま私は、意識を手放した。