頭の中が、混乱したまま、一方的にまくし立てられてきた私は、とりあえず反論の言葉を口にする。


「待って下さい。確かにあなたに直接、何かをしたわけではないわ。でも私は心の中で、あなたにずっとお詫びして来た。慎ましく生きて来たつもりです。それに不貞行為に対する慰謝料請求の時効は3年のはずです。」


「ハハハ、本音が出たな。」


冷笑を浮かべる元夫。


「さすがに法律の勉強にぬかりはないようだな。言葉でなら、なんとでも言えるさ。だが、お前が俺に本当に詫びたいと思っているなら、時効なんて関係ない。お前が誠意とやらを見せて、俺の要求通り、支払ってくれれば、済むことだ。」


「・・・。」


「お前が法律を盾に支払いを拒むなら、それはそれで構わない。営業部第二主任殿がかつて、夫のいる身ながら、部下を相手に、どんな破廉恥な行為に耽っていたか。そして立場が悪くなりそうになった途端、その部下を切り捨て、のほほんと自分は生き延び、現在に至っているか、赤裸々に暴露してやるだけだ。お前の不貞の証拠は、今も俺の手元にある。もう裁判の証拠としては、使い物にならんが、会社のお前の上司の皆さんにご披露するには、十分なインパクトはあるんじゃないかな。」


薄ら笑いを浮かべて、勝ち誇ったように長口舌をふるう目の前の男は、もはや自分の知っている夫ではない。私は背筋が凍る思いだった。


「とにかく、こんなところで立ち話でする内容じゃないわ。どこかで落ち着いて、話をしましょう。」


私はそう提案したが、元夫は聞く耳を持たない。


「そんな必要も時間もない。返事はイエスかノーの二択だからな。まぁあいつと相談する時間も必要だろうから、明日まで待ってやる。」


「彼とは、もう全く連絡なんか取れない。それに彼には既に制裁をしたんじゃないの?」


その私の言葉に、元夫は一瞬、表情を歪めたが、すぐにまた口を開いた。


「なら、1人でゆっくり考えるんだな。とにかく明日だ、いい返事を待ってるぞ。言っておくが、会社に押しかけることも出来るし、今のお前の住所もわかっている。逃げようとしても、無駄だからな。」


そう言い残すと、元夫は、立ち尽くす私を残して、雑踏に消えて行った。