「奥さん。本件において、あなたは法律用語で言う『有責配偶者』になります。」


「有責配偶者・・・。」


「本件は、あなたの不貞行為が発端となっています。つまり本件において、あなたが離婚の認否を申し立てる権利はありません。」


「・・・。」


「ですから、離婚については、ご主人の意思が何よりも優先されます。奥さんが出来ることは、いわゆる条件闘争。つまり少しでもご自身が有利な条件を獲得して、離婚できるか、それだけなのです。ご主人の意思が変わらない限り。」


「・・・。」


「ところが、その条件闘争も全く必要のない状況です。それでも奥さんが離婚を承諾されないのであれば、調停、更には裁判ということになりますが、結論は見えています。ハッキリ申し上げて、時間と費用のムダとしか、言い様がありません。」


なんとか私に状況を理解させようと、冷静に、説き伏せるように語り続ける弁護士。


理屈では、法律論では、その通りなのだろう。確かに私は「有責」だ。こんな状況で、例え、こちらが弁護士を立てようとしても引き受け手なんかいないのだろう。そんなことは分かっている。だけど私は納得出来ない。


「あなたのおっしゃることはよくわかりました。ですが、私はこのままでは、判は押せません。」


その私の返事を聞いて、弁護士の表情が微かに歪んだ。この分からず屋が、と内心で舌打ちしてるのだろう。


「先日、夫は家を出て行きました。以来、連絡もつきません。私が夫を裏切ったことに間違いはありません。夫に嫌われ、憎まれても仕方ありません。ですが、私はどうしても、もう1度、夫と話がしたいんです。引導を渡されるなら、夫から直接渡されたいんです。私には、その希望を述べることも許されないんでしょうか?」


そう訴える私の顔を、しばらく眺めていた弁護士は


「わかりました。奥さんのご要望は、ご主人にお伝えします。」


と、ため息混じりにこう答え、この日の話は終わった。