「麻どのも、なるべく息を細くなさるのです。瘴気は妖にも人にも害がある」
必死に走っていると、遠くに小さな鳥居が見えた。裏の鳥居まで戻ってきたらしい。
ほっと胸をなでおろしたその時、
「止まりなさい、麻どのっ」
ケヤキの張りつめた声に足がすくんだ。鼻の先を目にも止まらない速さの何かが過ぎて、思わず尻もちを付く。
直ぐにケヤキが私の二の腕を掴んで立ち上がらせる。その瞬間、これまでに感じたことのない不快感に襲われ口元を押さえた。
「兄弟……」
ケヤキの小さな呟きに、はっと顔をあげる。
黒い靄の塊だった。大人が両手を広げたくらいの大きさで、その中心に穴が開いたような赤い目がふたつ、鈍い光を放っている。表情も言葉もないのに、憎しみや怒りをぶつけられているような鋭い空気が肌を突き刺す。
その目を見ているだけで、なぜか悲しみが溢れて涙が零れそうになった。
ケヤキが私の前に出た。強く瞼を閉じてから魑魅を見据える。決意のこもった強い目だ。
「子どもたちを頼みますぞ。」
言い切らないうちに脇差を抜いたケヤキが土を蹴り上げ飛び出した。

