手にしていた書類をクレメンス様の執務机の上に置き、部屋を出ようとしたときだった。
「ちょっと待ちな」
私を呼び止めて、ゲンツさんが席から立ち上がりこちらへと向かってきた。
「さっき中庭でラデツキー将軍と何か話し込んでいただろ。何を話してた、言ってみろ」
どうやら執務室の窓から私たちの姿は見えていたらしい。別に咎められるようなことは何もないけれど、私の前に立ちじっと見据えてくるゲンツさんの視線は厳しかった。
今現在ウィーンの宮廷はデリケートな雰囲気に包まれている。ウィーン体制の中心国とは言っても、その考え方は一枚板ではないのだ。
特にイタリアの政治経済の運営については意見が散開しており、皇帝陛下とクレメンス様との間でも一時期意見の食い違いから不穏になったことがあるほどだ。
ゲンツさんは私がラデツキー将軍に何か吹き込まれたか、あるいはその逆でクレメンス様の考えを探られるようなことがなかったか、疑っているのだろう。
「べ、別に……たわいないおしゃべりをさせていただいてただけです。ラデツキー将軍のような素晴らしい上官を持った兵士達は幸せ者だなあ……、と」



