そんなある日、夜会の帰り道でのことだった。

「きみは日本ではだいぶ有能な秘書だったみたいだな」

馬車の中で向かいの席に座ったクレメンス様が、私に向かってそう言った。

いきなり有能だなんて言われ、褒められた実感がなく私はキョトンとしてしまう。

するとクレメンス様は甘いマスクをいつもより屈託なく綻ばせて言葉を続けた。

「一度会った人物の名前はもちろん、その者の役職、親族の名前、興味のある話題、避けるべき話題を覚え、さらには誰と親交が深く、血筋が繋がり、共通の知人がいるかまで調べ把握する――簡単にできることではない。このウィーンでもそこまで機転を利かせ立ち回れる人物は数えるほどだ」

社交界に出るようになってからの自分の行動を褒められているのだとようやく実感し、嬉しさで頬が熱くなっていく。

「お、畏れ多いです。クレメンス様のお力添えがあったからこそで、私ひとりではダンスもろくに踊れない小娘……じゃない、青二才でした」

「確かにきみのダンスのレッスンにはハラハラさせられたが……まあ、それを補って有り余る能力だ。自信を持っていい」

馬車の窓から差し込む月明かりに照らされたクレメンス様の顔が、神様のように見える。こんな嬉しいことを言われたのは初めてだ。

なんせ元の世界ではボンクラ社長に雑務から重要な根回しまで丸投げされたうえ、『やって当然』としか思われなかったのだから。

感動すら覚えている私に、クレメンス様は目を細めるとさらに嬉しいことを言った。

「王宮へ連れていくのが楽しみになってきたよ」

――期待されてる……!!

その言葉が嬉しくて嬉しくて、私は大げさなほど深く頷き「はい、頑張ります!」と張り切って答えた。