――そう、貴族にとって避けては通れない嗜み。ダンスだ。
現代日本に社交ダンスの習慣はない。まったくの初心者なうえに、男装している私は当然男性パートを踊る。自分と同じくらいの背丈の女性をリードしながら踊ることは、なかなかハードだ。
練習相手にはマリアさんが付き合ってくれているのだけど、それだけでは足りないので自主練習もひとりでしている。それでもなかなか身につかないのだから、もはやこれは私に才能がないと言わざるを得ない。
今日も今日とて業務が終わった後に、ひとり、広間でステップを踏む。さすがに連日マリアさんを付き合わせる訳にはいかないのだけれど、やっぱり相手がいないとどうも勘が掴みにくい。
「いったぁ~。ちょ、ちょっと休憩」
私の履いている靴は宮廷靴と呼ばれる、いわゆるオペラパンプスだ。ローヒールではあるけれど、硬くて長時間の練習に向いているとは思えない。
椅子に座って靴を脱ぐと、足の皮がこすれて靴下に血が滲んでいた。元々足が外反母趾気味で、靴には苦労しているのだ。
「サポーター、バッグの中に入れておけばよかったなあ……」
そんな後悔をしながら、靴下を脱いだときだった。
「なんだ、まだ起きていたのか」と声がしてクレメンス様が部屋に入ってきた。



