クレメンス様直々のご指導と聞き、ありがたいと思うと同時に少々驚いた。
毎日忙しいのに、ただの居候の私にこんなに手を掛けてくれるのはどうしてなんだろう。
メッテルニヒ家の親戚を名乗っている以上、恥をかかせないためというのが一番の理由だろうけれど、だったらどうして私にメッテルニヒ家を名乗らせたのだろうかとさらに疑問が湧く。
小首を傾げていると本棚から作法の本を取り出したクレメンス様に「私の教授では不満か?」と尋ねられてしまったので、私は慌てて「とんでもありません!」と背筋を伸ばした。
そんな訳で、貴族として相応しいマナー講座が始まった訳だけれど。
「きみは筋がいいな。いや、勘がいいと言うべきか」
クレメンス様の手ほどきを受けるようになって一週間、私は意外なほどあっさりと彼のお眼鏡に適ってしまった。
いや、意外じゃない。やっぱり元の世界で秘書だった頃の経験が生きているのだ。
やり方が違うとはいえ、マナーはマナー。基本にある考え方は同じはずだ。場の空気を読み、人を不快にさせないよう言動を律すること。
それに現代日本に貴族階級はないけれど、会社内外での序列はある。咄嗟に相手との関係の重要性を計り、会話を選択し、相手にも他者にも失礼のないよう振る舞うことなんて秘書の基礎だ。
立ち振る舞いや言動についてはほぼ合格とクレメンス様に太鼓判を押された。芸術や哲学などの話題についてはこのまま勉強していけば問題ないだろう。
ただし、ひとつだけ大きな問題がある。それは――。
「……これでダンスが人並だったら申し分ないのだがな」



