夜になりゲンツさんが帰ったあと、私はクレメンス様に一階の大広間に呼ばれた。
「そろそろきみを外に連れ出してもいい頃かとゲンツと話していたんだ」
クレメンス様のその言葉を聞いて、私の胸がぱぁっと明るくなる。
外って王宮のことだろうか? ようやく私もお留守番ばかりでなく、色々な現場へお供できるのだろうか。
そんな期待を込めてキラキラとした眼差しを向けると、クレメンス様は小さくプッと吹き出してから話を続けた。
「まずはサロンや夜会などに連れていき、少しずつ顔を広めていく。それから王宮へも連れていってあげよう。……ただし」
「ただし?」
「オーストリア貴族としての振る舞いを身につけてからだ」
貴族としての振る舞い。つまり、挨拶の仕方や会話の仕方に始まり、食事の作法、口にしていい話題の選別、音楽や芸術などの教養を身につけなくてはいけないということだ。
「いくら日本から来たばかりとはいえ、きみは私の遠縁という立場だ。あまりに粗暴な振る舞いをされたらメッテルニヒ家の評判に関わってくる」
それもそうだと思って素直に頷いた。
一般的なマナーについては元の世界で秘書をしていたときにしっかり身につけていたけれど、やはり十九世紀の貴族のそれとは色々と違ってくる。一から学ぶつもりでいた方がいいだろう。
「今日からはその辺りも学んでいこう。私が手の空いた時間に指導をする」



