ベッドから起き上がった私は自室の窓から王宮のある方角に目を凝らす。
そう遠くはない場所にその悲運の王子がいるのだと思うと、心がざわついた。
秘書官見習いとして働いていればいつか王宮へ行けることもあるだろう。もしかしたらそのときライヒシュタット公と会えるかもしれない。
第二の人生を歩むと決めた私に、新たな目標がひとつできた。それは、この目でライヒシュタット公の姿を見ることだ。
彼と会ったからといって私が何かできる訳ではない。けれど、何故だか彼とは会わなくてはいけないような気がした。
私がウィーンに来てからひと月が経った。
秘書官見習いの日々にも男装にも、結構慣れてきたように思う。
今のところ主な仕事はお遣いや書類の整理といったゲンツさんのちょっとしたお手伝いと、国際法や刑法、統計学、哲学、兵法などの勉強をすることだ。
ただし、私の仕事場所はこのメッテルニヒ邸とせいぜい遣いに出される教会や郵便局などだけで、王宮にはまだ連れていってもらったことがない。
王宮の敷地内には宰相官邸もあるらしく、クレメンス様とゲンツさんが揃って王宮へ出向くと大抵は数日帰らなかった。その間、私は寂しくお留守番だ。
自分が秘書官としてまだまだ未熟なのは分かっている。でもやっぱり、はやくゲンツさんのようになってクレメンス様の役に立ち王宮にも同行できるようになりたい。
そんなある日のことだった。



