けれど、ウィーンの宮廷ではこの王子をどうするべきか持て余している。

なにせ彼はハプスブルク家の正当な血を引く王子であると共に、にっくきナポレオンの息子でもあるのだ。子供に罪はないとはいえ、オーストリア国民が抱く感情は複雑に違いない。

しかも、さらに厄介なのが未だにナポレオンを熱烈指示する者達の存在だ。

現在フランスはブルボン家が王位につき再び王政に戻っているけれど、それに不満を持っているフランス国民も多いという。

彼らは再び革命の英雄が国民を導いてくれるのを待っている。その旗頭として欠かせないのが、ナポレオン二世なのだ。

今現在、ヨーロッパは平和を保っている。それはひとえにオーストリア、ロシア、プロイセン、イギリス、フランスが中心となって『ウィーン体制』を進めているおかげだろう。

『ウィーン体制』とは、フランス革命とナポレオンの台頭によって混乱したヨーロッパを、それ以前の体制に戻し各国の均衡を図ろうというものだ。各国は王が統治し、それを乱す革命や自由主義は悪とされている。

つまり革命が最大の敵である『ウィーン体制』にとって、革命の起爆剤になり得るナポレオン二世は脅威そのものなのだ。

けれど正当なハプスブルク家の一員である彼を始末する訳にもいかず……ゲンツさんいわく、「ウィーンの王宮で腫れ物のように扱われている存在」らしい。

そこまで理解して、私はどうしてクレメンス様がナポレオン二世の話題に触れたがらなかったのかが分かった。

『ウィーン体制』の中心人物であるクレメンス様からしてみたら、ナポレオン二世の存在はなるべく秘しておきたいはずだ。始末できないのなら、せめておとなしく革命派の目につかないようにひっそりとしていて欲しいと。