「けれどね、私が平和を望むように、世界に戦火を放ちたいアウトサイダーもいるんだ。名前はなんと言ったかな……聞いたけれど、忘れたな。今はナポレオンと名乗っているあの男だよ。戦争で世界に爪痕を残したがっている、私の不倶戴天の敵だ」
クレメンス様がライヒシュタット公を過剰なほど恐れ警戒していた理由も、これでやっと分かった。
彼はナポレオンの子もまたヨーロッパに戦争を起こしたがる存在になることを、もっとも危惧していたんだ。
「しかし」
短く言ってクレメンス様は揺り椅子から立ち上がると、ククッと楽しそうに笑った。
「皮肉なものだな。ナポレオンの息子が残した一粒種が、ヨーロッパの未来を大きく変えようとしている。あの子はオーストリアを衰退させ第一次世界大戦の引き金を引いたフランツ・ヨーゼフではない。凶と出るか吉と出るか、ヨーロッパの未来は真っ白だ。私には彼の産声が平和への福音に聞こえたよ」
ああ、だからあんなにも慈愛に満ちた目でマクシミリアンを見つめたのかと、私は彼の気持ちが理解できた。
「さて、昔話はもう終わりだ。ツグミ。私はこれからもウィーン体制を徹底的に推し進めていく。そのためには王族の自由さえも犠牲にする。それがハプスブルク家の存続に繋がっていくのだからな。――きみは、どうする?」
こちらに向き直ったクレメンス様は、私に片手を差し出して聞いた。
まるで「私の手を取れ」と言うように。
「……ひとつ、教えてください」



