「きみとふたりきりで話すのは久しぶりだな」
他に誰もいないことを確認して、私はクレメンス様と近くの居間に入った。
扉に鍵をかけると、意外なことにクレメンス様の方から私に話しかけてきた。
「きみがバーデンにもホーフブルクにも戻ってこないから、社交界では『宰相は妻に逃げ回られている』と格好の噂だ」
「え。そうだったんですか。すみません……」
そんな事態になっていたとはまったく知らなかった。自分のことばかり考えていないで、もう少し宰相の妻という自覚を持てばよかったと反省する。
……でも。私がクレメンス様を避けていたことには、彼にも一因があるのだ。
「……あの赤ちゃんはフランツ・ヨーゼフ一世じゃありません。クレメンス様はどう思われますか」
直球で尋ねた。彼が本当にアウトサイダーだったら、私の言っている意味が分かるはずだと思って。
部屋に沈黙が流れる。緊張で脈打つ自分の心音ばかりが耳の奥に響いている気がする。
『何を言ってるのだ?』と眉を顰めて欲しいと願う一方で、大きく変わってしまったこの世界のことを同士として共に考えたいという気持ちもある。
自分でも彼にどんな答えを望んでいるのか分からないまま、時間が流れた。それは窓の外の雪が舞い落ちるわずかな間だったけれど、私には果てしなく長く感じられた。



