ライヒシュタット公の葬儀は、その日の夜からしめやかに行われた。
翌々日には遺体はウィーンの宮廷教会に移され、さらに翌々日にハプスブルク家の霊廟に埋葬された。
私はクレメンス様と何度か顔を合わせたけれど、葬儀の打ち合わせなど公務のこと以外、特に何も話すことはなかった。
八月に入り夏も本格化してきたけれど、私は夏季休暇を取らなかった。
ゾフィー大公妃が妊娠中ということもあって、彼女のそばを離れたくなかったのだ。
今度は無事に安定期を迎え日に日に膨らんでいくお腹と共に、ゾフィー大公妃は母性と慈しみに溢れた表情をするようになった。
「私の可愛い坊や。ゆりかごも温かい部屋も用意したわ。安心して出ていらっしゃい。玩具も沢山用意したけれど、あなたはマスケット銃の方がお好みかしら」
そんな風にお腹を撫でながら語りかける彼女の姿に、口さがない者達は噂を立てる。「大公妃のお腹の子は、ライヒシュタット公の子ではないのか」と。
面白おかしくゴシップを囃し立てる人達に腹は立ったけれど、そう言われても仕方がない状況でもあった。
何せライヒシュタット公が息を引き取るまでの九カ月間、ゾフィー大公妃は彼にほぼつきっきりで看病していたのだから。



