今日はクレメンス様が屋敷で執務をするため、秘書官長であるゲンツさんもそれを手伝うことになっている。
広い執務室ではテーブルに何やら書類を広げて話しこむクレメンス様とゲンツさん。そして隅っこの机でゲンツさんに命じられて国際法と刑法の勉強をしている私の三人が揃っていた。
「おいおい、こちらの案件が煮詰まってるからって、ツグミの勉強の邪魔をしてやるな」
書類を手にしたまま眉間に皺を刻んでいるクレメンス様がゲンツさんを咎めるけれど、残念ながら効果はないようだ。
「へえ。日本が長らく戦争をしていないって噂は本当だったのか。いつからしていない? 領土の侵略はなかったのか? 常備軍はどうなってる?」
私の発言に興味を持ってしまったゲンツさんは勉強の邪魔をやめるどころか、自分の仕事を放ったらかしにしてこちらにますます詰め寄ってしまったのだから。
「ええと、歴史的に大きな合戦は1789年に起きた蝦夷での戦が最後です。原住民であるアイヌと和人との戦いで……」
「それで? それで? 指導者は誰だ? 中心となったのは――ぐえっ」
よほど興味深いのか、私に顔がくっつきそうになるほど詰め寄ってきたゲンツさんだったけれど、長椅子から立ち上がってやって来たクレメンス様に首根っこを掴まれ引き戻される。
「その話は私も興味があるけれど、ここはサロンではない。おしゃべりを楽しむ時間じゃないぞ、ゲンツ」
呆れたように溜息を吐き捨てながらクレメンス様が言うと、ゲンツさんは掴まれた首根っこを振りほどきながら「わかってるよ!」と喚いた。



