「ゲンツさんは私が階段から落ちそうになっていたのを助けてくれて、だから、その……」
ジタバタともがきながら必死に弁解した。
自分でもどうしてこんなに気持ちが焦るのか分からない。けど、不穏な空気がどんどん濃くなることだけは痛いほど感じられた。
「ゲンツ。聞こえなかったか。ツグミから離れろ」
腕をほどく様子のないゲンツさんに、再びクレメンス様が呼びかける。その声はさっきよりさらに厳しく、鋭利な刃のように鋭かった。
「……放さないと言ったら?」
ゲンツさんの返答に、耳を疑った。クレメンス様はピクリと眉尻を動かすと、脚衣のポケットから何かを取り出し、それをゲンツさんの顔に向かって投げつける。
床に落ちたそれを見て、私の血の気が一瞬で引いた。
(白い……手袋……)
手袋を相手の顔に向かって投げつけるのは、決闘の申し込みだ。中世ほどではないけれど、十九世紀でも個人による決闘の風習は残っている。
「目の前で堂々と私の妻に不貞を働くとはな。私への侮辱とみなして、決闘を申し込む」
「ふ、不貞だなんて……! 誤解です!」
ゲンツさんはただ私を助けてくれただけだ。とんでもない誤解でとんでもない状況になってしまい、どうしたらいいのかとオロオロ焦る。
それなのにゲンツさんは無言のままクレメンス様を睨みつけると、手袋に向かって手を伸ばした。



