(バーデンで何をして過ごそうかな。クレメンス様を誘って劇場にロシアバレエを観にいこうかな)
我ながら浮かれていたのだろう。夏のことをあれこれ考えながら歩いていた私は、なんと階段を降りようとして足を踏み外してしまった。
「うわっ……!」
階段と踊り場には絨毯が敷いてあるとはいえ、私の怪我はまだ完治していない。このまま落ちたら大変なことになると焦ったときだった。
「――馬っ……鹿野郎!!」
大きな怒鳴り声と共に胴に腕を回され、落ちかけていた身体をグイッと引っ張り上げられた。
「わぁあっ!!」
思いっきり引っ張った衝撃で、ゲンツさんは私を腕の中に閉じ込めながら勢いよく尻もちをついた。私もゲンツさんの懐に体重をかけてなだれ込んでしまう。
「何やってるんだ、このトンチキ! 今度は首の骨でも折る気か!? あ!?」
尻もちをついているゲンツさんに後ろから抱きかかえられた姿勢のまま、耳もとで怒鳴られて頭がクワンクワンした。
「ご……ごめんなさい。だから耳もとで怒鳴らないで……」
「うるせえ、馬鹿っ! お前なんか一生俺に怒鳴られてりゃいいんだっ」



