「予定がないのなら私と一緒にバーデンへ来ればいい」
バーデンはメッテルニヒ家の保養地だ。宰相秘書官をやっていたときは夏は一緒に連れていってもらってたけれど……今年もお邪魔してしまっていいのだろうか。
「でも……」
「遠慮はいらない。結婚した以上、きみの別荘でもあるんだ。ウィーンの私邸もそうだ。きみの家なのだから好きなときに帰り、好きなように使えばいい」
返答に困ってしまう。偽装とはいえ私達は夫婦なのだと改めて意識してしまうのと、今や敵対する立場にいるのにも関わらず変わらず優しくしてもらえることが嬉しくて。
「す、少し待っててください。大公妃殿下の夏季のスケジュールを確認しないといけませんから」
顔が赤くなっていくのを感じながら、冷静さを保って答えた。
クレメンス様は「分かった。後で連絡しなさい」といつもと変わらない様子で言ったけれど、執務室を出ても私の鼓動はなかなか静まってくれない。
(別に……今までと変わらないよね、一緒に別荘に行ったって。夫婦っていっても形だけのものだし……)
そうは分かっていても、クレメンス様とまた一緒にしばらく過ごせるのだと思うと口角が上がってしまう。



