「そういえば、ゲンツさんどうしてますか?」
ふと思い出した私は、部屋を出ていこうとしたクレメンス様の背に呼びかけた。
ゲンツさんのことだ、私が実は女だったということを知って烈火のごとく怒っているんじゃなかろうか。
今まで女であることを隠していたことを謝りにいきたいけれど、思いっきり胸を見られてしまった恥ずかしさもあって顔が合わせづらい。
「しばらく職務を休むそうだ」
クレメンス様は淡々とそう答えたけれど、一拍置いて大きなため息とともに付け加えた。
「もうホーフブルクには戻ってこないかもしれないな」
翌日。
私は午前の職務を終えた後、馬車でウィーン市内にあるゲンツさんの私邸までやって来ていた。
ゲンツさんはベルリンの造幣局長官の息子だけれど、ナポレオン戦争が激化してきた頃、オーストリアの政治顧問官としてスカウトされウィーンにやって来たそうだ。結婚はしておらず、ウィーンの私邸で独り暮らししている……とはいっても、仕事が忙しいので宰相公邸やクレメンス様のお屋敷で生活していることがほとんどだけれど。
私は初めて訪れたゲンツさんのお屋敷の門に、緊張した足取りで入っていった。



