本宮殿の厳かで美麗な廊下に、私とゲンツさんの大声が響き渡る。
廊下に立っていた衛兵や近くにいた従僕達が何事かと覗きにきたけれど、私達が言い争っているのだと分かると「またか」と呆れたように去っていった。
私が突然宰相秘書官を辞めて大公妃秘書官長になってからというもの、ゲンツさんと顔を合わせるたびにこの調子だ。
……まあ、彼が怒るのも無理はないと分かっている。あれだけ世話になっておきながら、ひと言の相談もせず宰相秘書官を辞めてしまったのだから。
しかも私とクレメンス様以外は、ことの詳しい経緯を知らない。袂を分かつたのだと説明したけれど、ゲンツさんは私とクレメンス様が喧嘩別れをしたものだと思い込んでいる。そのことがますます彼の怒りに油を注いでいるようだ。
最初などもっとひどかった。「秘書官のくせに宰相と喧嘩したあげく後足で砂かけるような真似しやがって!」とブチ切れたゲンツさんにげんこつを食らったのだから。
いくら私が女と知らないとはいえ、げんこつはないだろうと思う。親にだってされたことないのに。本当に痛かったのでしばらくは恨もうと決めたくらいだ。
あとでそのことを知ったクレメンス様にさすがに叱られたようで、その後は鉄拳制裁はなくなったものの、王宮でも舞踏会でも顔を合わせるたんびにこの調子である。
「とにかく! 私はもう宰相秘書官には戻りませんから!」