「きみからも挨拶をしなさい」と促され、私は前に進み出てゲンツさんに頭を下げる。
「つ、ツグミです。ええと……よろしくお願いいたします」
目上の人への挨拶など慣れているはずなのに言葉を詰まらせてしまうのは、自分が何者かが定まっていないからだ。所属も役目もない人間というのは紹介する自己もないのだなと改めて思う。
するとしどろもどろな私をフォローするように、メッテルニヒさんが言葉を繋げてくれた。
「アジアの日本の血が入っているんだ。日本に住んでいたのであちらの文化や政治にも詳しい。我が親戚ながらなかなか面白い人材だと思うが?」
「へえ、どうりで見ない顔立ちをしてやがる。ウィーンにはいつから?」
拙い挨拶をした私を不審そうに見ていたゲンツさんが、メッテルニヒさんの言葉を聞いて表情を変えた。瞳に好奇心の火を灯している。
「ウィーンには四日前に来たばかりです」
素直に答えると、さらに彼から質問が飛んできた。
「ドイツ語は結構できるみたいだな。他にも喋れるのか?」
「日本語、英語、あとフランス語も……」
「ほお。とりあえず合格だ。あとはイタリア語とロシア語も覚えておけ」
そう言ってゲンツさんは椅子から立ち上がると、こちらに近づいてきて私の背中を大きな手でバンと叩いた。



