やっぱり彼の言うことは正しい。今のヨーロッパに真っ向から反論できる者などいないだろう。
けど――私は知っている。ウィーン体制はクレメンス様の失脚と共に二十一年後に崩壊することを。
権力による弾圧は自由を求める人々の声に負け、時代は変わっていくのだ。
「……無理です。王侯貴族も平民も、人々が生きて自由を望む限り戦争はなくなりません。人は確かに愚かです。数十年後には今よりもっと大きな戦争を二度も繰り返し、くらべものにならないほどの膨大な犠牲を出すのですから。でも、その傷みを知ったからこそ、立場も国籍も越えてお互いを尊重して生きていくことが真の平和に繋がると気づくんです。本当の平和を望むのなら、体制に反発する声を弾圧するのではなく、すべての人を尊重し自由を認めるべきなんです!」
歴史を大きく歪めてしまう恐れから今まで未来のことは口にしないようにしてきた。これはルール違反だと分かっている。けれどそれでも、私はクレメンス様に分かって欲しかった。
ヨーロッパの悠久の平和を願い身を尽くしている彼だからこそ、権力による弾圧は無意味なのだと。やがてそれは時代の波に呑まれ崩壊していくしかないのだと、知って欲しかった。
ずっと背を向けていたクレメンス様が、初めて私の方を振り向いた。
まるで未来を見てきたような発言をした私を嘲笑するのかと思いきや、彼はランプの灯りを映しこんだ瞳に挑むような色を浮かべて、私を見つめた。
「そこまで言うのならきみが作ればいい。このヨーロッパの平和を」
「え……」



