なんだかすごい人が登場しちゃったなあと生唾を呑み込んでいると、再びゲンツさんの目が私に向けられた。
「で、頼み事ってのはこの可愛らしい坊ちゃんに関することか? 坊ちゃんに大人の遊びを教えてくれって頼みなら大歓迎だぜ。カードからルーレットまでみっちり仕込んでやるよ、ただし掛け金はお前持ちでな!」
え。いきなりギャンブルの話? しかも今、メッテルニヒさんにお金せびった?と、内心ドン引きしたのは言うまでもない。
けれどメッテルニヒさんは私の肩をポンと叩くと、ゲンツさんに向かってとんでもないことを言い出した。
「さすが我が友人、正解だ。彼の面倒をきみに見て欲しい。ただし、ギャンブルの手ほどきは無用だ。彼にオーストリアとヨーロッパの現状、そして政治を教えてやって欲しい」
「は!?」
「あ?」
私の驚きの声とゲンツさんの訝しむ声が重なった。
目をパチクリさせていると、メッテルニヒさんは今度は私に向かって説明した。
「彼はフリードリヒ・ゲンツ。宰相秘書官長を務めている私の右腕だ。もとはドイツの政治評論家だったが、ウィーン政府に卓越した政治的センスを買われ政治顧問官になった。フランス革命を肌で感じ激動の時代を冷静に、かつ情熱的に見据えてきた男だ。きみの師として相応しい」
「はあ……」
言動の粗暴さはどうあれ、ゲンツさんはかなり有能な人のようだ。メッテルニヒさんが自ら右腕と評すからには、相当なのだろう。



