「すごいことをするんだな、ツグミは。秘書官が厨房に立つなど聞いたことがない」
口もとを手で押さえ可笑しそうに笑うクレメンス様の言葉に、良くないことをしてしまっただろうかと不安が湧く。
貴族と使用人の役割がきっちりと分かれている時代だ。行政官の肩書を賜っている私が厨房で使用人のようなことをするなど、品がなかっただろうか。
「申し訳ありません。どうしてもクレメンス様のお身体が心配だったので……勝手なことをしてしまいました。もう二度と厨房には入りません」
日々疲れを増していく彼に、どうしても元気になる食事を摂って欲しかったのだ。けど、少し考えが浅はかだったかもしれない。今日じゃなくても日を改めてツヴィーベルクーヘンを知っている料理人に頼めばよかったのだから。
いつまで経っても私は考えが浅慮だなと落ち込み、深く頭を下げる。すると「ツグミ」と呼びかけられ、空になった皿をこちらへ差し出された。
「ツヴィーベルクーヘンはまだ残っているか? もう一切れいただきたい」
「え……」
私に向けられる瞳は素直な喜びを浮かべていて、到底怒っているようには見えない。彼を不快にさせた訳ではなかったんだと思い、自省に強張った私の顔まで緩んだ。



