元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!

 
「思い出すな、子供の頃を。私の家はライン川の近くにあって、夏になるとよく泳いだものだ。近所のどの子より私が一番泳ぎが上手かった。ツヴィーベルクーヘンは好きだが、これは秋の訪れを報せる料理でもあってな。このタルトが食卓に出ると、ああもうライン川で泳げないのかと思うと毎年残念に思ったものだ」

クレメンス様はゆっくりとタルトを口にしながら、懐かしそうに昔話を語った。その表情はとてもリラックスして見える。

(やっぱり郷土料理ってどの国でもどの時代でも特別なものなんだな)

日本で秘書をしていたときのことを思い出す。重役会議がひどく長引いて夜遅くまでかかったとき、秘書課のみんなでおにぎりを作ってお茶と一緒に差し入れたことがあった。ピリピリしていた空気が和んで、重役のおじさんたちの顔がホッと綻んだことを今でも覚えている。……まあ、社長だけは「こんな貧乏くさい飯を食わせる気か。寿司でもとれ」ってブーブー言ってたけど。

腹が減っては戦はできぬ。食事って身体だけじゃない、心にも栄養を与えるものなんだ。特に、その人にとってホッと落ち着ける味ならば、効果はきっと十倍にも二十倍にもなるはず。

「ただ、ツヴィーベルクーヘンを食べるとコーヒーではなくワインが欲しくなるな」

「あ、すみません。何件かお店を回ったんですが、ウィーンの酒屋じゃフェダーヴァイサーは手に入らなくって……」

フェダーヴァイサーは同じくコブレンツの名物的なワインだ。葡萄の収穫時期にしか飲めないワインで、輸送にも向かないため地元以外ではほぼ手に入らないらしい。

コブレンツの人にとってはツヴィーベルクーヘンとフェダーヴァイサーは揃って秋の味覚なのだそうな。