部屋にあるテーブルの方にコーヒーとタルトのお皿を置けば、クレメンス様は執務机から立ち上がり、ソファーの方へと移動してきた。けれど、腰は下ろさずコーヒーカップにだけ手を伸ばす。
「親切はありがたいが、コーヒーだけでいい。食べ物を口にしたい気分じゃないんだ」
「そんなことおっしゃらずに。……僭越ですが、クレメンス様は最近あまりお食事を摂られてないように見えます。今夜も遅くまで作業されるのでしたら、少しでもお腹に何か入れてください」
おせっかいが過ぎただろうか、クレメンス様が小さく溜息を吐く。けれど次の瞬間、タルトから立ち上る香ばしい香りに気づいて「ん?」と表情を変えた。
「これは……ツヴィーベルクーヘンか」
「はい。夕方焼いたものを、温め直してもらいました」
執務机に戻ろうとしていたクレメンス様は姿勢を直し、そのままソファーへと座り直す。そして手にしていたコーヒーを置くと代わりにフォークを持って、タルトをひと口大にカットし口へと運んだ。
「……懐かしい味だ」
そう呟いた彼の顔が、ようやく少し綻んだ。それを見て私までなんだか胸が温かくなって嬉しくなる。
ツヴィーベルクーヘンはクレメンス様の故郷、ドイツのコブレンツの郷土料理だ。タルトと言っても玉ねぎとベーコンをたっぷり使ったもので甘くない。



