この世界には、神に愛される英雄という存在がいる。その者が自分の使命に目覚めるとき、世界は彼の足もとにひれ伏すしかないのだ。

少なくとも今、ヨーロッパはひとりの英雄を中心に動いている。もはや、彼が羽ばたくことは神の意志で、誰も止められないように。


「ライヒシュタット公爵、フランツ・カール・ヨーゼフ(フランソワ・シャルル・ジョゼフのドイツ語読み)。お前をオーストリア帝国陸軍大尉に任命する」

八月十七日。シェーンブルン宮殿でライヒシュタット公の大尉叙任が行われた。

ついに憧れの軍人になれたことに、ライヒシュタット公が感激で瞳を潤ませたのはいうまでもない。

「これからも勉強と鍛錬によく励み、勇敢な軍人になるように」

「はい! 必ずや陛下のご期待に応えてみせます!」

ライヒシュタット公が顔を輝かせて言うと、広間は大きな拍手に包まれた。皇帝皇后夫妻を始めハプスブルク家の人々、ライヒシュタット公の傅育官や家庭教師、それに高位官職らがこの広間に揃い、立派に育ったライヒシュタット公を祝福している。

……ただし。にこやかな笑みを浮かべ惜しみない拍手を送っていても、その胸の内までは分からない。

そう、私の隣に立ち紳士然とした笑みで手を打っているクレメンス様のように。