「……大変申し訳ございません」
窓際に立つクレメンス様に頭を下げるものの、私の心は納得がいっていないとばかりに痛む。子供を取り上げられたゾフィー大公妃の嘆き悲しむ姿が、閉じた瞼の裏によぎる。
深々と頭を下げていると、クレメンス様が視線を外し窓を開ける気配がした。緊張感に淀んだ部屋に、秋の穏やかな風が通り抜ける。
「――戦争は悲惨だよ、ツグミ。誰ひとりとして幸せにならない。残るのは支配者の歪んだ欲の爪痕だけだ。もう二度とヨーロッパをあの時代に戻してはいけない」
独り言のように語った声が、秋風と一緒に私のもとへ届いた。
その声には強い決意と、戦争を見てきた人だけが知る消えない哀しみが感じられた。
「王家の人間は決して飢えない。国民が血の滲むような思いをして得た糧をいただくからだ。そしてその代償として彼らは自由を奪われる。未来も幸福も愛も、すべてはオーストリアのために。宰相である私の仕事は、彼らが選択を誤らないようにその舵取りをすることだ」
――分かっている。クレメンス様の言葉は痛いほど私の胸に響いて、それが正解なのだと心をギュウギュウと締めつける。
それなのに私の瞼の裏には妊娠を喜ぶゾフィー大公妃の姿や、国のために癒えない心の傷を負ったパルマ公の姿がよぎって仕方ない。
頭を上げられないままでいると、窓を閉める気配がして「もう行きなさい」とクレメンス様の声がした。
執務室を出ても私は自分の気持ちを整理できず、唇を噛みしめたまま俯いて廊下を歩いた。



