「甘い果実には害虫がたかりやすいからねえ」
「が、害虫……ですか?」
抽象的な例えがよく分からなくて小首を傾げそうになったとき、慌てた様子の私服警官が部屋に飛び込んできてセルドニキさんに何かを耳打ちした。
セルドニキさんは驚いた様子も見せず冷静に部下達に指示を出す。そのとき、彼の口が「フランス」と動いたように見えたのは、気のせいではないだろう。
警察官たちが皆部屋から出ていったのを見届けてから、セルドニキさんは芝居がかった苦笑いをヘラリと浮かべこちらを向いた。
「やだねえ。言ってる側から害虫がブンブン飛んでるって報告さ」
「もしかして……フランスのボナパルティズム運動家ですか?」
ボナパルティズムとは、ナポレオンの一族――つまりボナパルト家の者を再び王座につけようという政治運動のことだ。ライヒシュタット公が社交界デビューをしてから、クレメンス様は彼らの動向を気にしている。
「さあね。ボナパルティズムか、フランスのスパイかは尋問してみないと分からないよ。でもまあ、ヨーロッパの平和に仇なす存在には違いない」
セルドニキさんはそう言って残っていた自分の紅茶を飲み干すと、少し乱暴に椅子に座ってから新しい書類を広げ始めた。



