もちろん最初のうちは顔を合わせることなどなかった。





今よりも部屋に籠っていた私は橋倉どころか親ともろくに口を利かずに過ごしていたのだ。






だから、初めて橋倉が家に訊ねてきた話は、扉の向こうで母親が一方的に伝えて終わり。それだけだった。






それなのに橋倉は、図太い神経と、明日には嫌なことなど全て忘れていそうな、あっけらかんとした顔を携えて学校帰りに欠かさず家にやってきた。







そうやって橋倉が我が家に押しかける日が続くに連れて、部屋のなかで夕方にインターフォンが鳴ると、私は玄関が見下ろせる窓のカーテンを開けてそのつむじを眺めるようになっていた。







「平田、食わんの?」






空になった皿を置いて、紅茶を飲み始めた橋倉が振り向きながら言う。






唇の端にトッピングの生クリームの欠片をつけた橋倉は、こう見えても頭が良い。