「てか、泣けばよかったんじゃないの」

「……え」

「そのほうが伝わるだろ、七瀬君にも。なあんにも言わないで他の男と抜け出したら、気持ちまで疑われるぜ。 仕掛けた俺が言うのもヘンだけどさ」



ほんとう、変な話だ。

真っ先に近寄ってきて「抜け出そう」と誘った人のセリフじゃない。



「……とかね。 気が変わったからこんなこと言ってるけど。最初はあんたが弱ってるところにつけこむ気で誘ったんだ。ぐっずぐずに甘やかして、あわよくば俺のものにしよーと思って」


かわいた笑い声が響いた。



「気が変わったって、どうして……?」


ぎこちなく訊ねてみる。



「椎葉君ね、さっきは俺に遠回しに手ぇ出すなって言ったんだよ。 副総長に釘刺されたんじゃあしょうがないよね。 あんたのこと知りたいけど、俺は七瀬君のことも好きだし、やめた。……今回は」


一瞬だけ目を合わせて、すぐに逸した灰田くん。流れた視線をたどると夜空が見えた。



「俺のシゴトは、少しの間あんたをなだめることだけ。余計なことも言っちゃいけない。どうせ本人がすぐに駆けつけるから」


……本人?

だれのこと言っているんだろうと首をかしげてみても、答えてくれず。