ふたりが目を合わせていたのは、ほんの少しの間だけだった。

わずかな沈黙。

あたしたちの間を夜風が吹き抜ける。



「この言葉は受け売りだけど……。“黒に勝る色はない。ならば自身も黒になりなさい。ただし染まる必要はない、見せかけの黒で十分だ”」



見せかけの黒……。

黒蘭のことを表しているのなら。

悪に勝つために悪を装え。
あたしにはそういう風に聞こえた。



「自分の色は決して見失わないように、だけど知られないように。呑まれてもいけない。 誰にも侵されないくらい深い黒を、表面だけに塗りたくる……すごく、難しい話だよね」


慶一郎さんは一度、視線を落とした。

堂々とした背中が、少しだけ憂いを帯びたように見えた。


「”大切なものを守るために、後ろ指を差されることを厭わずで戦い続ける。そうすればきっと、どんなに汚れた花でも最後には美しく咲くことができるから” 」



空気の動く気配がした。


「その美しさに気づく者は少ないだろうね。それでも大切なものを守れたのなら、そして美しさに気づいてくれる人がひとりでもいたのなら、それはとても幸せなことだと俺は思うよ」


中島くんが、後ろ手で拳をつよく握りしめたのがわかった。



「黒のように孤独であれ。蘭のように美しくあれ。……全部、本多佳遥さんから教わった」