私が無事に志望校に合格したのは二月末のことだった。
第二視聴覚室に行く理由はなくなり、秋吉想とも二週間以上会っていない。
最後に会ったとき、やはりアソートの中からチーズ味スナックを抜き出して「頑張ってください」と押し付けてきた彼に、報告するくらい不自然ではないはずだ。

コーンポタージュ味スナックを持って少し浮かれていた私の足は、旧校舎の古い廊下で止まってしまった。
第二視聴覚室の防音はやはり中途半端だったようで、中からピアノの音が漏れていたからだ。
タラララララララ、タラララララララ、と同じリズムを繰り返すそれはメロディーではなく練習なのだろう。
そーっとドアを押し開けたのに、錆びた蝶番はキイイイと立派に鳴いて、ピアノの音を止めた。
予想に違わず、ピアノの前には彼が座っていて、入ってきたのが私だとわかるとふっと笑って、またピアノに向かう。
タラララララララ、タラララララララ、タラララララララ、タラララ━━━━━
いつもと違ってスッと伸びた背中は、小刻みに揺れていた。

「あははは! 全っっ然指動かない」

言葉と裏腹に満面の笑みを浮かべる彼の傍らに立つと、手を止めて私を見上げた。

「合格したんですよね。おめでとうございます」

「お祝いに何か弾いて」

指を握ったり開いたり、ブラブラ振ったりしてから、

「何がいいですか?」

と、ふわりと鍵盤に手を乗せた。

「何でも弾けるの?」

「まあ……知ってる曲なら。ピアノ曲だとありがたいです」

「ピアノ曲……?」

クラシックや楽器演奏に縁遠い生活をしてきたから、頭が真っ白になった。

「う……『運命』」

「……交響曲ですよ。弾けなくはないけど」

「一般人の知識なんてこんなもんだよ!」

「お祝いっぽくないなあ」

文句を言いながらもジャジャジャジャーンと冒頭の有名なメロディーを弾いてくれた。
力強い和音は確かにお祝い感はない。