5月19日
翌日、指定された時間に私はホテルのロビーでランスを待っていた。
一晩悩みに悩みに抜き、出た答えはやはりイタリアに戻るというものだった。
ランスのことを好きだと言う気持ちは確かにあったけど、どうしても惨めだった3年間が足を引っ張る。
もう、絶対にあんな気持ちにはなりたくなかったし、自信を取り戻した今の自分を失うのも嫌だった。
ロビーのカフェで時計を見ると、彼との約束の時間はとうに過ぎており、その後30分してもランスは現れなかった。
時間に正確な人なのに……何か急用でも出来たのかしら?
少しホッとしながらコーヒーを啜ると、ロビーの入り口付近に良く知った顔が見え、私を見つけると息を切らしながら駆け寄ってきた。
「フレド!?どうして……何かあったの!?」
「あ…………あ……兄貴が………また、病院……に」
「………う、そ……どこ!?ねぇ!どこの病院!?案内してっ!!」
「うん……こっち、車を止めてあるから……」
息が上がったままのフレドをそのまま引きずり、私はロビーを出て車に乗り込んだ。
「詳しく聞いてる?!」
「いや。さっき病院から電話があって
すぐ来いって……」
「そ、そう……。ああもう!フレド、もっと飛ばしなさいよっ!遅いわ!私に運転させて!」
「ちょ、やめ、やめて!危ないからっ!」
安全運転を重視するフレドを急かしながら、逸る心を押さえることが出来ずに、私はひたすら神に祈っていた。
『どうかランスが無事でありますように』
と。
州の総合病院に着き、受付で病室を聞くとフレドと共に廊下を全速力で走った。
途中看護師に走るな!と注意をされたがそんなのに構っていられない。
「ランスっ!!」
私は病室の扉を勢い良く開け中に滑り込んだ。
「あれ?どうした?」
「……………………………」
「……………………………」
そこには腕に包帯を巻かれながら、煤けた顔を綻ばせてベッドの脇に腰かけるランスがいた。
「どういうこと!元気そうじゃないの!?」
「僕にも……説明してくれるよね……」
申し訳なさそうに顔を逸らすランスの代わりに、若い男性の看護師が呆れ顔で説明をし始めた。
「自宅が火事になってね、消防士が止めるのも聞かず飛び込んで、ケガしたんです」
「自宅が!?どうして!今そこには住んでないって……」
私がランスに向かって叫ぶと、彼はそっと目を伏せて、言いにくそうに呟いた。
「朝、ちょっと自宅に寄ったんだ……そしたら、家が燃えてて……。でも、どうしても無くしたくないものがあったから……」
「馬鹿なの?死んじゃうわよ。何がそんなに大事だったの!?」
「…………これを……どうしても……」
そっと彼が差し出したのは。
「この写真………なんでこれを?」
それは、私達が結婚したときの写真だった。
埃を被って伏せられていたのを、私が起こしてそのままだったもの。
「メグがメリーだとわかった時、オレは君の部屋に入ってみたんだ。そしたら、伏せられていたはずの写真がちゃんと飾られてた……あれは君がしたんだろ?」
「そうよ……」
「それを見て思ったんだ。もしかしたら、君もその写真を撮ったとき、オレと同じ気持ちだったんじゃないかって……そしてまた、オレと同じようにあの時の気持ちを思い出したんじゃないかって!そう思ったらもう、火の中に飛び込んでた。消したくなかったんだ、無くしたくなかった。その時の君も今の君も、同じくらい大切で……好きだから……」
「……………ランス………」
私は彼がこんな顔をするのを初めて見た。
いつも自信たっぷりに笑みを湛えた口元からは、得意の甘い言葉じゃなく悲痛な叫びが聞こえ、その目は今にも溢れ落ちそうな涙をこらえているようにも見える。
気を利かしたフレドが看護師を伴って、病室から出て行くと、絞り出すようにランスが言った。
「ごめんな……ずっと……ごめん。信じなくて、傷つけてごめん」
「…………ほんとよ、弁護士の癖に変な嘘に騙されたりして。ちゃんと聞きなさいよね。でも………私もごめん。嘘ついて、突然消えて……ごめん」
ランスの心からの謝罪に、自然と私の口からも素直な言葉が溢れる。
ああ、そうか……。
こうやって素直になれば良かったんだ。
簡単なことだったんだ。
「答えを聞かせて」
彼は目が見えなかった時、よくそうしたように右手を伸ばし、私の手が支えるのを待っている。
おずおずと手を伸ばし、ランスの手を握り返すと消え入りそうな声で私は答えを返した。
「……ここに、残っても……いいわよ」
私の言った言葉は、今まで考えていたこととは違ったけど、それが今初めて正解だと思う。
「本当に!?」
「ええ、ほんと…………うっ!」
伸ばした手をグイッと牽かれ、私の体は前にのめり込む形で、ランスの腕の中に吸い込まれていった。
翌日、指定された時間に私はホテルのロビーでランスを待っていた。
一晩悩みに悩みに抜き、出た答えはやはりイタリアに戻るというものだった。
ランスのことを好きだと言う気持ちは確かにあったけど、どうしても惨めだった3年間が足を引っ張る。
もう、絶対にあんな気持ちにはなりたくなかったし、自信を取り戻した今の自分を失うのも嫌だった。
ロビーのカフェで時計を見ると、彼との約束の時間はとうに過ぎており、その後30分してもランスは現れなかった。
時間に正確な人なのに……何か急用でも出来たのかしら?
少しホッとしながらコーヒーを啜ると、ロビーの入り口付近に良く知った顔が見え、私を見つけると息を切らしながら駆け寄ってきた。
「フレド!?どうして……何かあったの!?」
「あ…………あ……兄貴が………また、病院……に」
「………う、そ……どこ!?ねぇ!どこの病院!?案内してっ!!」
「うん……こっち、車を止めてあるから……」
息が上がったままのフレドをそのまま引きずり、私はロビーを出て車に乗り込んだ。
「詳しく聞いてる?!」
「いや。さっき病院から電話があって
すぐ来いって……」
「そ、そう……。ああもう!フレド、もっと飛ばしなさいよっ!遅いわ!私に運転させて!」
「ちょ、やめ、やめて!危ないからっ!」
安全運転を重視するフレドを急かしながら、逸る心を押さえることが出来ずに、私はひたすら神に祈っていた。
『どうかランスが無事でありますように』
と。
州の総合病院に着き、受付で病室を聞くとフレドと共に廊下を全速力で走った。
途中看護師に走るな!と注意をされたがそんなのに構っていられない。
「ランスっ!!」
私は病室の扉を勢い良く開け中に滑り込んだ。
「あれ?どうした?」
「……………………………」
「……………………………」
そこには腕に包帯を巻かれながら、煤けた顔を綻ばせてベッドの脇に腰かけるランスがいた。
「どういうこと!元気そうじゃないの!?」
「僕にも……説明してくれるよね……」
申し訳なさそうに顔を逸らすランスの代わりに、若い男性の看護師が呆れ顔で説明をし始めた。
「自宅が火事になってね、消防士が止めるのも聞かず飛び込んで、ケガしたんです」
「自宅が!?どうして!今そこには住んでないって……」
私がランスに向かって叫ぶと、彼はそっと目を伏せて、言いにくそうに呟いた。
「朝、ちょっと自宅に寄ったんだ……そしたら、家が燃えてて……。でも、どうしても無くしたくないものがあったから……」
「馬鹿なの?死んじゃうわよ。何がそんなに大事だったの!?」
「…………これを……どうしても……」
そっと彼が差し出したのは。
「この写真………なんでこれを?」
それは、私達が結婚したときの写真だった。
埃を被って伏せられていたのを、私が起こしてそのままだったもの。
「メグがメリーだとわかった時、オレは君の部屋に入ってみたんだ。そしたら、伏せられていたはずの写真がちゃんと飾られてた……あれは君がしたんだろ?」
「そうよ……」
「それを見て思ったんだ。もしかしたら、君もその写真を撮ったとき、オレと同じ気持ちだったんじゃないかって……そしてまた、オレと同じようにあの時の気持ちを思い出したんじゃないかって!そう思ったらもう、火の中に飛び込んでた。消したくなかったんだ、無くしたくなかった。その時の君も今の君も、同じくらい大切で……好きだから……」
「……………ランス………」
私は彼がこんな顔をするのを初めて見た。
いつも自信たっぷりに笑みを湛えた口元からは、得意の甘い言葉じゃなく悲痛な叫びが聞こえ、その目は今にも溢れ落ちそうな涙をこらえているようにも見える。
気を利かしたフレドが看護師を伴って、病室から出て行くと、絞り出すようにランスが言った。
「ごめんな……ずっと……ごめん。信じなくて、傷つけてごめん」
「…………ほんとよ、弁護士の癖に変な嘘に騙されたりして。ちゃんと聞きなさいよね。でも………私もごめん。嘘ついて、突然消えて……ごめん」
ランスの心からの謝罪に、自然と私の口からも素直な言葉が溢れる。
ああ、そうか……。
こうやって素直になれば良かったんだ。
簡単なことだったんだ。
「答えを聞かせて」
彼は目が見えなかった時、よくそうしたように右手を伸ばし、私の手が支えるのを待っている。
おずおずと手を伸ばし、ランスの手を握り返すと消え入りそうな声で私は答えを返した。
「……ここに、残っても……いいわよ」
私の言った言葉は、今まで考えていたこととは違ったけど、それが今初めて正解だと思う。
「本当に!?」
「ええ、ほんと…………うっ!」
伸ばした手をグイッと牽かれ、私の体は前にのめり込む形で、ランスの腕の中に吸い込まれていった。

