『無理に話さなくていいの。
私は上手な聞き方とか分からないから、全部直球になっちゃって……ごめんね』
「謝らなくていいよ!
あのね、すごく嬉しいの」
ひとりだから尚更、人と話せることがとても嬉しい。
怖いけど、それでも人の優しさに触れた時、私はまた信じたいと思ってしまうんだ。
耳が聞こえない私のために、手話を覚えてくれた。
それは、私と話したいからって思ってもいいんだよね?
声は聞こえないけど、それでも今見えるこの世界は小さな幸せであふれていて。
耳が聞こえないことで何度も自分を呪ったけど、神様はこの小さな幸せを教えるために、そうさせたのかな。
そういう風に考えたら、耳が聞こえないことは"絶望的"なものじゃないと自然に思えてくる。
だけどやっぱり、聴力があった方が色々便利だと思うけどね。



