無理だ。もう私は私を見失い始めているのだ。

神楽君が踏み込んできた時点で、気づき始めてすらいる。

馬鹿で愚かで自分の制御すらできない私に。この虚構の愛に。

それでもそうしろと神楽君は囁く。


「――演じた自分は嘘じゃない。其処まで器用な人間じゃないんだよ、君は。全く別の自分になんてなれはしないんだから、それだって自分一部の筈だ」

「……出来ない」

「――それでも君が自分を嘘だって否定するなら、僕が何度でも肯定してあげる」

「出来ないよ……だって、私、私……っ」

「今までして来た事は自分を守るための物だ。何も悪い事なんてない。なかったんだよ。“良い子で可愛い祈ちゃん”はまだ死んでない」


もう空気なんて吸えないのに生きろと酸素を吹き込む。

その酸素は酷く濃厚で、眩暈すら起こす。

ああ、まただ。また繰り返す。そうやって自分の悦を見つけては満たされる水にありつく。


「透佳さんが居なくたって大丈夫な筈だ。君が僕を一番にさえしてくれれば、僕だって君の一番になれるんだから」


奪い取られたクレープは何の躊躇いもなく手放される。ぐしゃり、と音を立てて落ちたそれは、簡単に弾けてしまった。

そうして神楽君が作った虚構の箱に私は押し込まれたのだ。

いいや違う、それだって私なのだと神楽君は言った。