そう思って立ちあがった直後、千尋がなにかに気づいて勢いよく立ちあがった。


視界に目あてのものを見つけたらしく、千尋の顔がさっと青ざめた。


「こ、この絵……!」


恐怖に支配されたような表情で、千尋がどこに目を向けたのかようやく理解した。


もしかして……。


おそるおそる壁に飾られた絵に視線を向ける。


やはり、千尋は絵に気づいていた。


しかも、いつの間にか絵の目の前に千尋が立っていた。


慌てて駆け寄り、千尋の顔を覗き込んだ。


「千尋、どうしたの?」


「り、梨沙、これ……これ……!」


震える手で『水月夜』を指さしている。


「これがどうしたの?」


「これだよ、これ! 今私の家にあるのはこの絵なのよ!」


「なんだって⁉︎」


焦りを見せて私に必死に話しかけた千尋の言葉に、雨宮くんが素早く反応してこちらに駆け寄った。


『水月夜』の前には私たち3人。


絵を見にきたわけじゃないのに、美術館に来た感覚がする。


『水月夜』を見つめている雨宮くんは、本当に絵を見にきたお客さんみたい。