水月夜

悔しそうに下唇をキュッと噛みしめて、ゆっくりと階段を下りていく千尋。


私もそのうしろ姿を追いかける。


一緒にローファーにはきかえ、校門を出た直後、うしろから聞き覚えのある声が聞こえた。


「あれ? お前ら、やっとで校門出たのか?」


下校時間になるのを待っていましたとでも言う感じの口調で私たちに話しかけてきたのは……。


「あ、雨宮くん⁉︎」


「おー。めずらしいな、帰りにバッタリ会うの」


今の感じだと、バッタリ会ったふうには見えないんだけど。


けれど、雨宮くんの姿が映ったところで千尋の顔色が少し明るくなった。


「雨宮くん……」


表情をやわらかくさせる千尋だが、雨宮くんは千尋の表情が暗く見えたのか異変に気づいた。


やっぱり雨宮くんは人の表情や行動の変化に敏感だよね。


ふぅ、と小さく息を吐く。


「ん? どうしたんだ、猪狩。もしかして豊洲のことが気になるのか?」


「うん。だけど、弥生のことだけじゃなくて、もうひとつ気になるものがあって」


「気になるもの?」