水月夜

いつまでも聞いていたくなる低い声に、再び顔をあげて視線を合わせた。


なんでこの人が私の名前を知ってるんだろう。


目をパチパチとしばたたかせる私をスルーして、その人が嬉しそうに私に駆け寄り、目を輝かせた。


「ねぇ、柏木ちゃん。柏木ちゃんだよね?」


誰、この人。


いきなり名前を呼ばれても、誰なのかわからない私はただ目をしばたたかせることしかできない。


頭上に大量のクエスチョンマークを浮かべた私にようやく気づき、その人は私から少し離れた。


「柏木ちゃんと偶然ここで会ったのが嬉しかったからつい駆け寄っちゃった。いきなり驚かせてごめんね。俺は3年の緒方。聞いたことないよね」


苦笑いを浮かべて頭をポリポリとかくその人のセリフに、私は飛び出さんばかりに目を見開いた。


この人、今なんて言った?


“3年の緒方”?


3年生の先輩の名前をほとんど覚えていないのに、その名前には聞き覚えがあった。


たしか、この人は……。


「な、直美の……!」


「えっ?」


「あっ、いや、なんでもありません。ちょっとびっくりしちゃって……」