「じゃあ、今日はこれをスケッチしてみよう。
出来たやつから、好きなもの描いてていいぞー」



そんな言葉とともに顧問の先生がテーブルに置いたのは、透明なガラス瓶に生けられた三輪の赤い薔薇だった。



私の所属している美術部は、今日の課題が終われば、基本あとは自由だ。



ここ1週間くらいを使って描いている、ニゲラの花を早く完成させたくて。


目の前にある薔薇が、やけに複雑に見えてくる。



早く、早く。


早く描き終えれば、続きが描ける。



美術部に入った当初、つまり一年半くらい前は、この課題を熱心にやっていたものだけど。


だんだん慣れてくるにつれて、自分の描きたいものをもっと描きたいと思うようになった。



中学の頃から美術部に入っている私は、高校でも迷うことなく入部し、絵を描く技術を磨いてきたつもりだ。


ものの輪郭を捉えるイメージ、色使い、立体感。


光と影のコントラスト、水彩画、油絵…どれもこれも練習してきたのは、あの一枚を描くためなんだから。



中学一年生の頃に見た、あの金賞の絵。


後から調べてみると、あの絵に描かれていたのは、ニゲラという花らしかった。


花の名前を知らなかった私は、手当たり次第ネットで花の画像を検索して、やっとたどり着いたのが中学二年生の夏の日のこと。



あの絵はやっぱりすごかった。


だって、ネットから出てきた本物のニゲラの花の画像が、一瞬であの絵に描かれた花だってわかったんだから。



本物のニゲラは真っ青で、あの絵のように紫や他の色が混ざってはいなかった。


それでも、絶対にこれだってわかった。わかってしまった。



…その時から、これが私の夢。


私も、あんなニゲラを描いてみたい。



あそこまでずば抜けた才能を感じさせるような絵とまではいかなくても、自分が納得できるようなニゲラの絵を。



…あの絵をもう一度見たい。


あの絵を見た、たった数秒間の記憶だけを頼りにして、そんなことを思い続けていた。



そして、高校二年生になった今なら、少しは昔より上手く描けるんじゃないかと思って。



1週間前から、挑戦し始めたんだ。