「雷人、もう下ろしていいよ」
「ん?」
「もう、大丈夫だから」
顔を背けてそう言う洋子の頬は、照れ臭いのか赤らんでいる。
「まだダメだ」
「えっ?」
「まだ、ダメなんだよ」
この際、もっと抱き抱えていたいなんて、口が裂けても言えない。
なんとしてでも、洋子のことだけは守りたかった。
俺の本当の名前は【くすのきあずま】だ。
そのことを知っているのは、洋子だけ。
だから俺が死んだ振りをしていることも、もちろん洋子だけは知っていた。
「雷人、お願いがあるの」
「ダメだ、まだ下ろさない」
「違うの。名前のこと」
「名前?」
「そう。これからは【あずま】って呼んでもいい?」
それは思いもよらぬお願いだった。
大嫌いだった名前。
ずっと隠していた名前。
その名前に俺は、助けられたんだ。
「ああ、いいよ」
「じゃ、今から【あずま】ね」
「ああ」
悪くない響きかもしれない。
俺は、教室を振り返った。
今にも聞こえてきそうだ。
今井の、出席を取る声が。
生徒たちの名前を呼ぶ声が。
聞こえてきそうだった__。



