稔には両親がいなかった。

そのせいで苦労してきたという。


だけどそんな苦労話さえ、明るく話した。


「兄ちゃんはさ。高いところ目指せるのに、目指さない。好きな女とだって長年付き合って結婚に踏み切れてない。全部、俺のせいだ」


稔は、そういったときだけ笑顔を少し崩した。


「もう高校生なんだから一人で生きていけるっつーの」

「よくしてもらってるんだな」

「とんだブラコンさ」


そう言いながらも稔は嬉しそうに見えた。

きっと、仲のいい兄弟なのだと感じた。


やはり稔は、俺とは違う世界で生きていた。

俺には兄弟仲睦まじいなんて関係がとてもじゃないが理解できなかった。


「はやく兄ちゃんを自由にしてやりたい」


稔は部活に励み今を全力で生きながら

一方では大人になりたがっていた。


「自由になることが幸せとは限らないんじゃないか」

「え?」

「結局お前が可愛いんだろうよ。兄貴は」


俺の言葉に

「その気持ちを彼女に向けてやれってな」と照れくさそうに言った稔の絵顔は未だに忘れられない。