「ま、そしたら、意外と、逸人が社長になれてたかもねー」

 軽く日向子はそんなことを言ってくるが、芽以は、そうだったのか、と衝撃を受けていた。

 常々気にはなっていたのだ。

 逸人は本当は会社に未練があったのではないかと。

 この人のことだから、引き際は美しくありたいと願って、なにも言わずに、辞めたのだろうが。

「でもさー」
と静が相変わらずの呑気なテンポで口を挟んでくる。

「逸人はこの店やってる方が向いてるよ」

 自分でいろいろ想像してみたのか、少し間を空けたあとで、
「うん、向いてる」
と頷く。

「なんたって、人がいいから。
 あんな陰謀うずまく世界は向いてないよー」

 いやいや、それだと圭太はどうなるのですか、と濁流に呑み込まれていく圭太を想像し、思っていると、静は更に、

「嫌な世界で出世しても、心は休まらないと思うし。
 しかも、家に帰れば、芽以ちゃんじゃなくて、こんな嫁が居るんだよ?」
と日向子を見て、言いつのる。