「あ……!」
その瞬間、まわりの景色が全部、スローモーションになった気がした。
『俺だって、こうしてると安心する』
抱きしめられた温もり。
初めての、少しだけ苦いキス。
『綾、好きだよ』
優しい囁き声、温もり、そして突然の別れ。
思い出が一瞬でよみがえる。
前よりも髪の毛が伸びて、大人っぽくはなったけれど。
紛れもなく彼は、前原優、本人だった。
「優!」
人にぶつかりそうになりながらも、もう一度、彼の名前を叫んだ。
誰かの肩が邪魔で、背伸びして手を上げてわたしの存在をアピールした。
視線が合う。
涙が出そうになる。
しかし――
「あっ!」
彼は驚いた顔をした後、一緒にいた女子を置いて、走って横断歩道を渡った。
駅へ向かっていく人の流れからそれ、横の道へ入った。
――待って!
わたしも人をかきわけ、その後ろ姿を追った。
「はぁ、はぁっ」
大通りから離れると人はまばらになる。彼は人をよけながら、居酒屋やラーメン店が並ぶ繁華街の奥へ進んでいく。
スポーツマンの優にぃはもちろん足が速い。
肺が悲鳴をあげている。太ももとふくらはぎの筋肉が痛くなる。
だけど、絶対に見失うものか。

