「お母さんは、最初からお母さんじゃないんだって」
燐さんは、静かな口調で、続けた。
「食べたいものも我慢して。ときには気持ち悪くなったりして。どんなときも赤ちゃんと過ごしながら、日々、お母さんになる自覚を高めていくんだって」
「……お母さんになる、自覚」
「そういうの、ぜーんぶ。ボクにとっちゃ、まるで絵本の中の物語みたいなんだ。リアリティ皆無。自分の子供が可愛くて仕方ないママさんと話をしてるときなんかさ、もう、魔法使いと直面したような気分」
燐さんの目に、この世界は
フィクションのように映っているの?
「おっと。話が脱線しちゃったね。えーっと、どこまでいったっけ」
「自覚を高める、って」
「ああ、そうだった。もう出産まで飛ばそう。知ってる? 赤ちゃんが生まれたら、出生届ってのを出す決まりがあるんだ。これは義務なんだけど」
――義務。
それは、果たすべきルール。
「名前とかを決めて届けるやつですか」
「名前が決まっていようが決まっていまいが。十四日以内に出すんだよ。それで子は、親の戸籍に入る。だけど“ワケ”あって出生届の出されない子供がいる。この国にどのくらいいるかわかる?」
ムコセキ――無戸籍。
(それが、燐さん?)
「……わかりません」
「きっとキミの想像をはるかにこえる数だと思うよ」
「そんなに、多いんですか」


