「昨日は夜間救急、お疲れ様です。ルナが無事に帰宅できて、よかったです。大変でしたね」
「たいしたことではない」

 数秒の沈黙のあとに、「サンドウィッチと水をありがとう」って、ぶっきらぼうに。
 少しは、お腹の足しになったかな。

「あっ、院長のスクラブ、淡いブルーで私といっしょです。賭け、覚えてますよね」

 勝ったのが嬉しくて、くいっと口角を上げて見上げた。

「そんな話は聞いていない」
「嘘です、院長は知らない話のときは、質問してきますもん。こんな風に。賭け?」

「賭け?」
「もう遅いですよ」
 思わず吹き出しちゃった。今のは院長流のジョークなの?
「望みは?」

 上目遣いで宙を見つめ、あれこれ考える。言いかな、言ってもいいかな。

「遠慮するな、言うだけ言ってみろ。叶えるかは、また別の話だ」

 私に気を遣わせないようになのか、それともシビアなのか、どっちなのかさっぱりわからない。

「ふれあい動物園に行きたいです」
「すぐそこのか」
 院長が飄々と親指で後ろを指さす。
「はい」
「わかった」
「考えておく。ですか」
「約束だから連れて行く」

「ありがとうございます、嬉しい」
 行きたかったふれあい動物園に行ける。嬉しくて溢れる笑顔が抑えられない。

「ドゥドゥに逢ってきた」
 話の流れを変える院長の一言から、事の成り行きを説明した。

 ひとつ、歩道でドゥドゥの名前を呼んだことは厳重に注意された。自分でも猛省している。
 あれは、やってはいけないこと。

「そろそろ、ドゥドゥのオーナーが到着するだろう、下りるぞ」
 患畜の世話や処置が終わると、院長が声をかけてきた。

 待合室に行くと、私たちを見たドゥドゥが体を丸めながら、はち切れんばかりに尻尾を振り回して仰向けに寝転んだ。

 しゃがみ込む二人の腕を、前肢で撫でろ撫でろと催促してくる。

「ドゥドゥ、さっきも逢っただろう。派手な歓迎ぶりだな」
「何十年も逢ってなかったみたいに歓迎してくれるのね、ドゥドゥ嬉しいな、ありがとう」

 気づかれないように、そっと隣を見ると動物にしか見せないような顔で、ドゥドゥの体を撫でている。

 とろとろな顔して。アイスみたいに溶けてなくなるんじゃないの?

 見ているだけで、にやにやしちゃう。
 だって、心からの隠しきれない幸せそうな笑顔なんだもん。

 仰向けに寝転んでいたドゥドゥが、飛ぶように素早く起き上がり、入口に向かって甘く切ない音を鼻から漏らして、落ち着きがなくなった。

「オーナーが、近くまでお見えになってますね」
 愛しそうにドゥドゥに視線を向けながら撫でる院長が、返事のおしるし程度に頷く。

「ドゥドゥ、すぐに来てくれるから落ち着いて待ってなさいったら」

 ドゥドゥの感情がピークに達したタイミングで、入口のドアが開いた。院長と、ゆっくりと立ち上がって出迎える。

「すみません。ドゥドゥがお世話になりました、ありがとうございます。ドゥドゥ、どうして脱げたりしたんだよ、心配したんだぞ」

 深々と頭を下げるオーナーが、次にドゥドゥの前で座って話しかける。