だが、しかし。12歳の春。あの春だけは私は1人ではなかった。


「白ウサギ!」


私と同じ真っ白な子ウサギ。私はその子ウサギに大好きだった絵本、〝不思議の国のアリス〟から白ウサギの名前をもらい、この子ウサギにそう名をつけていた。

この子ウサギの白ウサギは榊原家の敷地内で弱っていた所をたまたま私が見つけて、誰にも内緒で保護した子だった。
そして私の部屋でこっそり飼っていた。

白ウサギは名前を呼べばいつも私の元へ駆け寄ってくれた。
この悪夢のような日常で白ウサギは私の生きる唯一の糧でもあった。


「白ウサギ、大好きだよ」


誰かに毎日悪意をぶつけられる度に私は白ウサギに好意を伝え、全て優しいもので上書きされるようにした。何度も何度も白ウサギを愛で、たくさんその白くさわり心地の良い体を触った。


「ねぇ、どうしたら私もここへ行けるんだろう」


私は大好きな絵本を読みながらよく白ウサギにそんな話をしていた。私が行きたい場所はもちろん絵本の世界だ。

絵本の世界は楽しいことばかり。
どんな困難にあったって最後にはハッピーエンド。


「私も幸せになれるのかな」


もしここが絵本の中の世界だったなら。私はきっと幸せになれる。だって今まで読んできた絵本は全てそうだったから。

だけどここは残念ながら絵本の世界ではなかった。
幸せになりなかった私の元から夏になる頃には白ウサギの姿は消えていた。